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0002瀕死の白鳥

ご挨拶

 当顕彰会は、日本バレエの母であるエリアナ・パヴロバの功績を広く周知するとともに、その偉業を後世に伝え、永く顕彰することを目的として活動しております。

エリアナ・パヴロバは、1919(大正8)年にロシア革命を逃れて来日し、鎌倉・七里ガ浜の地に日本初のバレエスクール「パヴロバ・バレエスクール」を設立しました。パヴロバ・バレエスクールからは、その後の日本バレエ界を支える多くの舞踊家たちが巣立ち、さらに、それら弟子たちから孫弟子、曾孫弟子も生まれ、エリアナは「日本バレエの母」と称されることとなります。

 当顕彰会は1984(昭和59)年、エリアナの弟子である服部智恵子先生、島田廣先生のご発意によって、鎌倉七里ガ浜のパヴロバ・バレエスクール跡地を「日本バレエ発祥の地」と定め、そこにパヴロバを顕彰する記念碑を建立することを目的に組織されました。顕彰碑の建立には、パヴロバ門下生や全国の舞踊家をはじめ多くの関係者のご協力をいただき、1986(昭和61)年12月に完成し除幕式が行われました。
顕彰会は、この完成をもって顕彰碑ならびに顕彰会が受け継いだパヴロバ一家の遺品を鎌倉市に寄贈しました。顕彰碑と遺品は、現在も鎌倉市が大切に保管してくださっています。

2011年、エリアナ・パヴロバ没後70年の節目にあたる年、島田廣先生のご発意により、牧阿佐美先生を会長として顕彰会が再結成されました。以来今日まで、エリアナ・パヴロバの功績を伝えるための顕彰活動を行っています。
どうぞ皆様のご協力、ご支援を賜りたくよろしくお願いを申し上げます。

エリェナ パァヴロヴァ顕彰会

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